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大文字山地質巡検
(2006年5月27日)

学部3回生配当の「地化学実験」の実習として、京大キャンパス近くの大文字山に行きました。

南禅寺に集合

朝8時半、南禅寺の三門の前に集合しました。巡検に参加したのは学部3回生14人と研究室から5人でした。
心配していた天気の崩れも(かろうじて)なく、一同ほっとしつつ巡検に出発しました。
見事な水路閣の下をくぐって登山道へ。これを設計したのは京大土木の先生で、我々の大先輩ということになります。

チャートの露頭

水路閣から200mほど歩いた所にチャートの露頭(岩石の露出した崖)があり、ここで最初の観察を行いました。
この付近は珪質、硬質のチャートと泥岩、砂岩の互層が分布しています。これらは深海底の堆積物と考えられています。時代はジュラ紀です。
チャートは主として放散虫と呼ばれるプランクトンの骨格が集まってできています。 この骨格はシリカでできており、私たちの骨格(カルシウムを含む炭酸塩)とは成分が異なります。 そのため、炭酸塩鉱物は深海で溶けてなくなってしまい、シリカはだけが溶けずに化石となります。

沢を上ったところにある寺院と滝

ここからは地図に載っていない登山道へと入っていきました。
この近くには巨石の露頭が見られました。硬くて風化に強い岩石は、このように大きい露頭をつくります。

巨大なチャートの露岩

この付近はチャートと砂岩、泥岩の互層が分布しています。泥岩はチャートに比べて軟質なので、そこだけ浸食されて凹地になっています。 写真では、露岩の左側が浸食されています。
泥岩の層構造と岩層境界が一致しないことから、チャートとの接触面は断層だと考えられます。

ちょっとだけラクに…

ここまでは急傾斜の登山道だったのですが、このあたりからは傾斜がゆるくなっていました。急流だった沢も広くなりました。
これは、この付近に分布する岩石が軟質の泥岩であることに対応しています。 先ほどまでは硬質のチャートが分布している地域だったので、傾斜がきつかったのです。
このあと道は再び細くなり、沢ではなく尾根筋をつたって登りました。前日までの雨で道がぬかるんでおり、歩くのが大変でした。

露頭にて実習

登山道の足元に地層面が露出しているところがあり、ここで実習を行いました。
まずは層理面を見分けました。いろいろな角度、方向から地層を観察して、「これだ」と思う面を見つけました。 そうやって見つけた層理面にクリノメーターをあてて、地層の走行、傾斜を測定しました。
山田先生が地層の見分け方、クリノメーターの使い方を説明したあと、各自で熱心に測定していました。

褶曲している露頭

このあたりの岩石は多数の断層によって切断され、褶曲しています。この露頭も上側に見える断層の近くで曲がっていることがわかります。

大文字山頂へ

地質学的なイベントはほとんど終わり、ひたすら大文字山頂へ向けてのトレッキングとなりました。 数回の休憩をはさみつつ、30分近く歩き通し。みんな徐々に口数が少なくなっていきました。
しかし、ようやくたどり着いた山頂からの眺めは、その疲れも吹き飛ぶほどすばらしいものでした。 山科、東山から御所まで京都盆地を一望し、遠くには奈良盆地や大阪のビル群も見えていました。

ふもとには都ホテルと平安神宮、左端に京都タワー、右端に京都御所、左奥には桂キャンパスが見えます。

この日はとても雲が低かったのですが、雨上がりの澄んだ空気のおかげでびっくりするほど遠くまで見通すことができました。
左は雲に覆われた京都盆地、右は大阪方向を撮ったものです。鳩ヶ峰と天王山の向こうに大阪のビル群が見えます。

大文字の火床

送り火の「大」のところに出ました。標高は山頂より低いのですが、先ほどは木の影になっていて見えなかった京都市北部までを一望できまし た。

写真は京都大学の中央キャンパス付近と吉田山です。奥には京都御所と同志社大学が見えます。
平安神宮と京都市美術館周辺。中央右の大きな建物は京都ホテルです。

私たちが着いたとき、近くで京都大学の応援団が練習をしていました。
何かのツアーも企画されていたらしく、送り火周辺は人が多くてとてもにぎやかでした。
各自持参した昼食を広げて、景色をおかずに空腹を満たしていました。すっかりハイキング気分です。

京都タワーから京都御所にかけての眺め。御所の手前には京大病院や吉田キャンパスが見えます。

出町柳から宝ヶ池にかけての眺め。吉田山、北部グラウンド、下鴨神社の糺(ただす)の森などが見えます。

岩倉周辺の地形

手前の山に直線状の谷が南北方向に並行して数条走っているのが見えます。この谷を延長していくと、送り火のすぐ足元にある丘に達します。
また、吉田山は右横ずれ断層である花折断層の南端部の東側に位置しています。
断層のずれ方向と吉田山の隆起が対応していることに注目してください。

下山開始

左上の写真の鞍部に来ました。ここがケルンバットに、奥にある丘がケルンコルに相当します。

最後の観察地

白川の上流では花崗岩が侵食されて、白い砂が河床に堆積していました。これが白川の名前の由来だそうです。 つまり、地質と人間生活(文化)は密接な関係にあるということです。
ここより少し下流にはチャートの露頭があり、この付近にもうひとつの断層があることがわかります。
さらに下っていくと登山道は銀閣寺の門の横に出ました。午後1時、ここで解散となりました。
お疲れ様でした。

今回の巡検コース

"http://map.yahoo.co.jp/address/26/index.html"より引用

おまけ

下見の様子

2006年5月1日、研究室のメンバーで巡検コースの下見に行きました。
この日のゼミの後に山田先生が突然「これから下見に行きます」と告知したため、同行者は大慌てで準備をしました。 生協に飲み物やタオルを買いに行く人、一度帰宅して動きやすい服装に着替えてくる人など。その中で山田先生だけは万全の巡検スタイルでした。
午後3時に南禅寺に着き、27日に行くことになるのと同じコースを7人で歩きました。この日は5月初旬とは思えないほど気温が高く、 みんな汗だくになって歩きました。時間が経つほど会話が少なくなっていきました。
大文字の送り火のところまで来て休憩を取り、下山したのは夕方6時を過ぎていました。お疲れ様でした。

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